#DX#経営判断#本質思考アプリ開発プロダクト設計UX
きっかけ
開発ジャーナル機能を作りながら、ふと気づいた。
「アプリを作ろう」という発想自体が、間違っているのではないか。
「アプリを作ろう」が失敗する理由
1. 普及の壁
職人さんも元請けも、ただでさえ忙しい。
「新しいアプリ」を:
- ダウンロードして
- 使い方を覚えて
- 毎日起動する
よほどのメリットがない限り、誰もやらない。
アプリを作った瞬間に、「普及させる」という巨大な壁が出現する。
2. 本質のズレ
イワサキ内装が30年続いてきた理由:
- 職人との「関係性」
- 元請けとの「信頼」
- 現場が「スムーズに回る」こと
これらはアプリでは解決できない。
アプリ開発という「手段」が、いつの間にか「目的」になっていた。
3. 二項対立の罠
「元請け vs 職人」という構造は確かに存在する。
でも、それを「対立」として捉えて、共産主義的な革命を目指しても、現場はスムーズに回らない。
労働者の方が根本的には強い。でも、対立関係ではない。
この矛盾を解決するのは、アプリではない。
では、何を作るべきか?
まだ答えは出ていない。
でも、方向性は見えてきた:
✗ 新しい仕組みを「作る」
→ ✓ 既にある関係性を「見える化」する
✗ アプリを「使わせる」
→ ✓ 既存ツール(助太刀、LINE、電話)で「使いたくなる」何かを提供
✗ 「機能」を増やす
→ ✓ 「本質」に集中する
現時点での仮説
「アプリ」ではなく、「コミュニケーションの質」を上げることが本質ではないか。
例えば:
- 助太刀のメッセージテンプレートを改善する
- 職人さんとの会話ログを記録して、次回に活かす
- 「この人にはこの伝え方が響く」というパターンを蓄積する
これならアプリは不要。既存ツールで十分。
学び
- 「アプリを作ろう」は思考停止
- 手段と目的を混同しない
- 30年続いた関係性の本質を見失わない
- 答えが出ていないことを、正直に認める
本質は、まだ探している途中。
